2003.0902 Mちゃんの家
とうとうネコお届けの当日がきた。きなこ(茶トラ嬢)とのりちゃん(白黒ちびねこ)は初日こそカーカーシャーシャー言っていたがそこは子猫同士。翌日には楽しいおいかけっこがはじまり、くっついてねんねできるまでに仲良くなっていた。のりちゃんは虫下しの副作用でちょっと下痢をしていたので宗村さんがエンドー先生から療法食をもらってきてくれた。それも渡す。仲良くなってくれたおかげでひとつのキャリーに一緒にいれることができる。
わたし自身、結婚して引っ越してからのMちゃんの家ははじめてなのである。所沢は池袋から急行に乗ると思ったより近い。
電車の中でちょっと鳴いた。「あら、ネコちゃん?」と話しかけられて、「はい。すみません。」となんとなく謝る。


Mちゃんの家でそろりと子猫たちを出してみる。
すぐに隠れるきなこ。興味津々でどこかうわついたような子猫独特の歩き方で探検をはじめるのりちゃん。Mちゃんの言い方では「重力に逆らった歩き方」だそうだ。
きなこが大きいし、とても臆病なのでMちゃんがなんというか心配したがそんなことは杞憂にすぎなかった。
「わぁ、まだこんなに小さいじゃないの。それになんて美人なの。」
「怖がりだからね、もう隠れちゃったね。でも慣れるととってもけなげな子なのよ。」
「わかった。死んだりゅうちゃんと同じ茶トラだから、わたし茶トラは慣れてるのよ。きなこがお姉ちゃんだからきなこを先に呼んであげよう。名前もきなこにする。」
「やっぱりMちゃんに貰ってもらってよかったわ。」
のりちゃんの名前が何になるかはまだ決まっていない。あまり粗相をしたりするとまきちゃんという名前にすると言われたが、さて・・・。

 
きなこを抱くMちゃんと自己主張するのりちゃん。

Mちゃんとわたしは中学校時代からの大切な友達でなんといっても共通項は音楽である。ともに音楽大学にすすんだがもともとビートルズの熱狂的ファンでなかでもやはりポールのファンなのである。家族のことやよもやま話、ネコの話などしながらいつしかビートルズの話になり、二人でポールのライブビデオを見た。本当にポールが好きな人とポールの話ができるともう水を得た魚のようになる。
これからはもっとMちゃんのお家に遊びに行こう。猫たちも見られるしポールを真正面から語れる。
Mちゃんもわたしもいろいろ辛いことを乗り越えて生きてきた。お互いの心のなかにセンチメンタルジャーニーをした。

 

2003.0830 お出かけ
25日の月曜日に軽井沢日帰りをした。今年2度目である。そんなに軽井沢が好きかといわれれば好きである。昔からよくでかけた。日帰りするようになったのは新幹線ができたためでもあるし、知り合いが別荘を買ったためでもある。この日はアーティストのあやさんも現地で合流。日中は避暑地とは思えないほど暑かったが少し日が傾いたとたんに碓氷峠のほうから冷たい清涼な空気が流れてきた。
犬が多かったので話しかけたりさわらせてもらったりしながら散策した。やっぱりSindyがいればなぁ・・・。もっと楽しいんだけど。

 
ランチをいただいた鹿島の森ホテルのお庭。翌日から陛下がお泊りということでお巡りさんでいっぱいだった。


2003.0829 ロンドン帰り
8月最後の日曜日だった昨日は吉祥寺にでかけた。ももちゃんのママであり熱烈なビートルズ・ファン仲間の中澤助教授(ニックネームではなく本物)のご長女が留学先のロンドンの美術学校から一時帰国中で、吉祥寺のアートスペースでコラボによる展覧会をするという。若い人の物作りは大好きなので楽しみにしてでかけた。メンバーはジャムノンママとおじょうさん、そして魚ちゃん。
美術教育を受けた美大生が床に広げた紙のうえに協同で絵をかいていく過程が俯瞰で撮られているさまと、同時にまだ教育を受けていない子供たちが同じことをしているさまが、床のスクリーンに平行して映される。
おもしろかった。夢中で作ったり壊したりする子供のエネルギーを見ていたら自分もなにか作ってみたくなってきた。

 
 

吉祥寺の町も楽しんだ。いつもウォータードッグガーデン方面か公園のシュナ&バーニ方面にしかでかけなかったが、おもわぬ方向に歩いてみておいしい中華(ぎょうざ抜群)やおしゃれな家具屋さん、犬がいて、イヌグッズまで置いている美容院、とってもお安い海外の電化製品や文房具、食料品を扱うお店などを発見した。じつはこのお店でみんな持ちきれないほど買い物をしてしまった。もちろんおみやげにぎょうざもゲット。本場の薔薇紅茶も買って両手がちぎれそうになりながら家に帰った。

 
吉祥寺の消火栓はアートであることを魚ちゃんが発見。シーサーも発見。

 
犬もイヌグッズもある美容室。       ギョウザのおいしい中華屋さんの懐かしい電話。

 

2003.0828 茶トラ嬢に会う
Mちゃんに茶トラのはなしをすると「小さい子がよかった」とやや難色を示すも「そのこが行き場がないようだったらひきとる」と言ってくれた。さすがMちゃん。マイ フレンド。調子にのったわたしは「小さい子も捜そうか?」ときくと「え?いるの?2匹までならいいよ。小さい子も捜して。」というではないか。わたりに豪華客船。
しかしとにかく茶トラの性格をみてほしいという。それはそうだ。柄はなんでもいいけれど性格が良くないと困るというのはしごく当然のことなので保護しているYさんと待ち合わせをし、入院中の動物病院へおもむく。抜群にひとなつこい中ネコが待っていた。エイズや腹膜炎の検査ずみでノミトリずみ。3種混合ワクチン済みで万全の体勢である。
午後になって目星をつけていたエンドー動物病院で保護されている小さな黒い子猫を見に行くとすでに決まったあとである。こんなことははじめての体験。ネコ不足。
あきらめずにネコを保護することの多い友に電話する。するとなんと、神田川の遊歩道公園で紙袋にいれて捨てられていた1ヶ月くらいの小さな女の子を拾ったところだというではないか。
「そのこをお願いします」というと即決でOKしてもらえた。茶トラ嬢は避妊手術をしてからのお渡しなのでとりあえずわがやに連れてきて、小さな白黒のお嬢さんと仲良しにしたて、しかるのちMちゃんのおうちにわたしが運ぶことになった。白黒お嬢さんは現在エンドー先生のところで健康チェック、ノミトリ、虫下し中である。晴れて豪華客船に乗れる日はもうそこだ。

 

2003.0827 にゃおりんの姉よりメールはいる
にゃおりんの姉は最近わたしが又貸ししたわなでQちゃんのお母さん(のら)をつかまえて避妊手術を決行した。さらに女の子もつかまえようとてぐすねひいているらしい。そのにゃおりんの姉の知り合いでまえにしろちゃんを保護したひとがまた、茶トラを保護しているという。しかもすでに5ヶ月。そのメールを読んですぐに頭の中には満面の笑みをたたえたMちゃんが浮かんだ。子猫ころがし・・・。

2003.0826 中学時代の友と会う
わたしは生まれは吉祥寺だが幼稚園からは中野に住んでいた。出身中学校は中野区立第七中学校である。そのころの友達と同窓会以外では久しぶりに会うことになった。
おばさんたちの集まりである。「Mちゃんおば・・・」のあとのことばは自分のちょっと出てきたおなかをみて飲み込む。
フランス料理を食べる。はなしだしたらとまらない。この年になるとみんなたくさんのドラマを抱えて生きている。人生半分以上過ぎた。これからはいやなことはしたくない。そうだそうだ。もう死ぬほうが近い。そうだそうだ。イタリアへいこう。(そうだそうだ?)
Mちゃんは明るくていつもみんなの人気者だった。その彼女が去年ねこを亡くし、ペットロスになったという。そろそろねこをまた飼いたい。きくともなく聞いていたこの話題。じつはここからおおきなネコ車いや歯車が回転をはじめていたらしい。わたしはまだそのことにはとんと気づかず、ケーキセットに舌鼓をうっていた。

2003.0816 日本TVの特捜プロジェクトを見る
HPぷうにぃわんわんの管理人さんである今泉さゆりさんと東京駅でお会いしてランチをご一緒したのがついこの間のことのようだ。そのあと彼女はあわただしく日テレのプロデューサーに会いに行った。
ぷうちゃんこと白雪ちゃんがTVに出る。わたしはとうとうその番組を見たのだ。
ぷうちゃんはブリーダーがすすめるままに行われたブルマールという毛色のオウシー(オーストラリアンシェパード)同士のかけあわせによって生まれた障害を持つ犬である。その障害というのは目が見えないこと、耳がきこえないこと。TVの中ではそれをあるブリーダーさんが「致死遺伝」と呼んでいたと思う。さらにぷうちゃんの場合はてんかんをかかえており、アレルギーももっている。医者からは長生きできないと言われた。しかしぷぅままの愛情に支えられて4歳の誕生日を迎えた。

番組はペットブームの影の部分を明るみにだしていく。無責任なしろうとブリーダーが処分をめあてに動物管理センターに持ち込んだ40匹以上ものマルチーズ。近親交配を繰り返しなんの管理もされていないため、口蓋烈や手足の不自由な子、目のおかしな子がたくさん生まれていたと平然と語る。読売新聞に載っていたチワワと同じだ。みかけのだいじょうぶそうな子は格安で売りさばいていたという。犬達はふんのからみついた毛玉のよろいを着ているようだ。救済に入ったSALA NETWORKのHPによれば、このうちの何頭もが手当てもむなしく亡くなった。生き残った子たちは避妊去勢を終えて新しい里親さんや一時預かりの家庭を待っている。
ボーダーコリーの遺伝病として知られるCL病で亡くなった五右衛門ちゃんの飼い主さん、やはり遺伝的疾患に苦しむミニチュアダックスのミントちゃんの飼い主さん、みんなが抱えている苦悩、罪のない犬が背負わされている痛みと苦しみ。

もし血統書に親犬のもっている遺伝病がきちんと明記されていたなら、いや、その前に、繁殖に使ってはいけない犬を使わないという当たり前のモラルさえあったなら、こんな悲劇はおこっていなかったのだ。血統書は曹祖父母までさかのぼることができる。しかしそこには病気についての記載はいっさいない。もしCL病のキャリア同士をかけあわせれば4分の1の確立で発症し、死亡することがわかっていながら。わたしは見ていてやはり血統書を発行するJKCにも改善策をとる余地があるのではないかと思った。番組の中で若い獣医さんが訴えた。例えば遺伝病をもつ犬のリストがデータベースにあれば、血統書に記載して情報を公開することができる。しかしその一方で、血統書のない純血種はそこからもれていくのも事実だ。しろうと繁殖は絶対にしてはいけないという思いを新たにした。

ぷうにぃちゃんの目はしっかりとは開いておらずただ赤い肉が見えるだけだ。それでも床をたたいて呼ぶお母さんのところに歩み寄り(床を叩く音ではなく振動を感じている)誉めてもらうときのうれしいお顔のかわいらしさといったら。重い障害をもちながらも明るい笑顔をみせているぷうちゃんが心の救いになった。
もう一度ぷうちゃん、4歳のお誕生日おめでとう。

2003.0815 お食事会
息子が中学高校と通った学校のクラスメイトだったお母さんたちと、ときどき集まってお食事会をする。去年の11月の学園祭へのお誘いには風邪で参加できなかったので本当にしばらくぶりだ。
いつしかやはり動物の話になり少し前の読売新聞に出ていた記事についての話題になった。わたしは朝日新聞なのでそれを見ていない。内容はチワワのブームでとにかく早く子供を産ませて売りたいがためにシーズンがくれば親でも兄弟でもとにかく一緒にしてばんばん産ませているという内容だったらしい。ああ、それはブリーダーの中でも最悪でしかもそれがたくさんいるのよ、とわたし。お友達がみた記事ではその乱雑な交配のためにうまれつき目のない子や手足のない子も生まれており五体満足に見える子だけを売っているんだそうだ。わたしはまた答えた・・・多分外見上なんともなくても内臓に欠陥をかかえていたり、近親交配による遺伝病がでてきたりする可能性は高いとおもうわよ・・・。みんな絶句していた。ついついわたしも大人気なく怒った口調になってしまう。
わたしが恐れていた通りのことがやっぱりおこっている。だからブームはいやだ。ブームがなければ自分もゴールデンというこんなにも愛らしい生き物を飼うチャンスはなかったかもしれない。しかしそれと命を粗製濫造することとは別だ。
この子だってきちんとしたブリーディングがなされていれば股関節の問題やアレルギーの問題から開放されていたのかもしれない。
食事のあと、NADiffに立ち寄る。ここのギャラリーでは今蜷川美香さんの写真展が行われている。NADiffでは2回目。2001年に第26回木村伊兵衛賞を受賞している。ちょうどギャラリーで撮影をしていたようで本人が現場にいらした。夫がいなかったので声はかけずにしまった。写真はどれも美しくクラスメイトのお母さんたちと堪能しながら見た。
そのあと静かなところでコーヒーを飲んで帰宅。

この日は息子の学校卒業以来本当に久しぶりにあうことができたお母さんもいてうれしかった。
次は六本木ヒルズにしようという声がかかった。それまでにマスターしておくのはわたしの課題らしい・・・。それは難問。

2003.0809 ヨガ
最近スポーツジムの数あるレッスンの中からヨガを選んで行きはじめた。エアロビクスのように汗はかかないが、けっこう体には響くものがある。人間の体はどこかしらゆがんでいるのでそれを矯正できたらいい。
先生はいつも終わりのほうになると手を合掌させて胸の前にもってくるようにし、頭の中で自分が一番うれしいこと、楽しいことを想像させる。わたしはいつもSindyをどこか広いところに連れて行ってやって、ノーリードで思い切り走らせてやっているところを想像する。うれしそうなSindyの顔や息使いまで聞こえてくるようだ。自分の顔もつられてほころんでいるのがわかる。次にせんせいは今のイメージのあとで口の中に唾液が溜まった人はそれを味わって飲んでください、という。仏教ではこれを甘露とよぶのだそうだ。Sindyで甘露か・・・。
でも毛をなびかせながら野原をうれしそうに疾走するSindyをみるのがわたしは大好きなのだ。
今のところわたしはまだ唾液がわいてこない。だんだん甘露がでてくるようになるらしい。楽しみにまつ。

2003.0808 映画がすき
夫は文芸大作映画ややくざ映画が好きだし、娘は単館系のフランス映画などが好きだ。今までに見た映画の中では『ピアノレッスン』に勝るものはまだないらしい。息子は今クロサワを発見して楽しんでいる。大正から昭和初期という時代もいいらしい。
わたしはミーハーなので特撮もの、ホラー、メジャーな大作はほとんど拾う。しかしめちゃくちゃ好きな映画はちょっと古いが『昼下りの情事』である。あの音楽もいい。難をいえばゲーリー・クーパーがもっと若いときに撮って欲しかった。この映画がなぜ好きか、女性ならみればわかると思うので書かない。
もっと正直に言おう。ジョニー・デップがいい。常に王道からはずれていく主人公を演じたらぴか一だ。濃いキャラクターを作る人なので演技のうまさを正確に判断するのが少し難しい。ハリウッド映画ばかりでなくヨーロッパの映画出演も多くどこかにそういう香りを漂わせているのもいい。パリに住んでハリウッドと距離をとっているのもいい。ばりばりハンサムじゃないのもいい。


パイレーツ・オブ・カリビアンは上映中。左は競演のO・ブルーム。

2003.0804 朝のピンポンダッシュ
ジャムノンママとお友達になると退屈という言葉を忘れる。ちょっと無謀ともいえるような楽しいことを次々と考え出す。アイディアの宝庫。不発弾も多いがそれがまたいい。しょっちゅうパーティを開催している。しかししっかり自分の作品もしたためている。犬を愛してやまない彼女の絵には愛犬のジャムとノンノンの登場も多い。Sindyもちゃっかり出演させてもらっている。
前置きが長くなったが、今朝公園でお散歩中にあい、話がはずんだ帰り道のこと。むこうから車がきたのを犬連れなので大きくよけたところ、角にあるおやしきの門にジャムノンママの背中があたってしまい、ちょうどそこにあったピンポンを押してしまったのだ。「あっ」といっていきなり走って逃げるジャムノンママ。つられて「あら〜」といいながら走るわたし。いい年をしてピンンポンダッシュだ。この家のところで右左にいつも別れるのだがそれにしてもピンポンダッシュで逃げることになるなんて。これだからジャムノンママは楽しい。角のお家の方、ごめんなさい。

2003.0803 サプリメント
再び本村先生の講座。今回はサプリメントについてだった。手作りご飯にはサプリメントが欠かせない。しかし毎日毎日与えれば良いというものではない。またもや大切なお話のオンパレード。先生の犬真似は今回はヴィタミンCを口にしたときの顔だった。
ごはんマニアを大幅に改定するのか、補遺を作るのか注をつけるのか、これから大いに頭を悩ませなければならない。

2003.0802 好きなうた
好きなうたはたくさんあって数えたらきりがないけれど、たまたま今、息子がYMOを聞き出し、その後矢野顕子へと触手を伸ばした結果、なつかしい大好きなうたを思い出した。愛犬家にしかわからない切ない歌詞だ。
オリジナルは1976年発売のアルバム『ジャパニーズガール』(プロデュースは最初の夫君、矢野誠)に収録されている。タイトルは「くま」。きっと彼女は少女時代をすごした青森でくまという名前の犬を飼っていたのだろう。


♪午後からの雪が薄く土にかぶさり
 ほのかな匂いを放ち始める
 あの角の向こう、昔死んでしまった犬が
 しっぽを振って来たの

 かわいいおまえにゃ嘘はつけないわ
 わたしの心はお見通し

    略

 しっぽのほうからだんだん溶けていく
 おまえはどうして現われたのか
 Wowwow・・・・

途中略してある部分を聞きたい方は昨年アルバムが限定で再発されたのでレンタルして聞いてみてね。ちなみにこの作品のバックを勤めているのはアメリカ人のバンドで、曲の変拍子にそうとうてこずったとか。
矢野さんの才能に脱帽。そして犬の永遠不滅のけなげさにも。

2003.0801 うてな
私がちょうどエンドー先生での診察をおえ、うてなを連れて家にもどったとき、近所でマルティーズを飼う知り合いが通りかかり、うてなを育てても良いと申し出てくださった。そのときはまだすぐにはお渡しできる状態ではなかったが、だんだんもどさずに上手にご飯が食べられるようになってきたので、昨日、思い切ってうてなを預けに行った。
いつもは嬉しい気持ち半分とさみしい気持ち半分でお渡しするのだが今回は心配でかわいそうでならなかった。ただ情がうつったというのではなく、必死で生きてきたあの子の気持ちや、極度の怖がりなので慣れるのに私もあの子も人一倍苦労したことを思うと複雑だ。おそらく新しいお母さんがあきらめなければ大丈夫だ。
うてなをおいてほんの数歩歩いたとたん「きゃー」っと悲鳴。無視して歩いていたら奥さんが片目から血を流したマルティーズを抱いて走っておいかけてきた。案の定片目をひっかかれたという。すぐにエンドー先生に見てもらうようにお話した。先生はだいぶフォローしてくださったようだ。目はたいしたことはないし、猫もすぐに慣れるから、と言われたという。
そして今日またрェあった。「ほとんどご飯を食べなくなり鳴き声もださなくなった。じっとうずくまっていて心配だわ」という。すぐにでも連れに行きたいところをぐっとこらえて「猫は3日くらいは食べなくても平気だから落ち着いて。もうちょっと様子をみて。」とアドバイスした。

Sindyを見ていると猫と接するのがうまい。これは家に来たときから猫パンチの洗礼を受けてきただけのことはある。近づくときはそーっと、目をあわせないようにし、顔をそむけながらじっと座っている。うてなは最初からあまり怖がらなかった。猫扱いがプロ並みの犬とみた。

2003.0726 Natural Diets for Healthy Dogs and Cats
今日、私が心の師と仰ぐ本村伸子先生の講演会があった。3時間の長帳場なので、じっとしていることが苦手な私は居眠り必須。と思いきや本村先生がお若くてパワフルであっという間の3時間だった。もちろんおはなしの内容も大変ためになり、何より会場につめかけた飼い主さんのほとんどが女性で大変若いということにも驚かされた。ごはんマニアのページを大改定したいところだけれど、補足もしくはレポートという形でまとめてアップしたいと思う。
細かいことにこだわらず、九州のかたなので「よかよか」と豪快に答える。それから先生の飼っていらっしゃるラブラドールのムギちゃんやコトちゃんの物真似がお上手で笑った。生の大根を食べさせられたときのムギちゃんの顔真似ときたら・・・・。先生の魅力も大きかった。
近日中に代官山のDeco's Dog Cafeでも手作りごはんの講座があるらしいが定員が20名なのでもはやいっぱいであろう。
学ぶことが大変多く実り多い時間を過ごせた。次回のサプリメントの講座も申し込んできたのでまたお知らせできることもあろうかと思う。お楽しみに。

 

2003.0715 本日のたこ社長
エンドー先生にたこ社長をみていただいたところ猫カリシウイルスに感染していることが判明。インターフェロンの注射に毎日通うことになった。
しかし顔は確実にゆるんできた。


右側の写真はまちこ巻きなどというしゃれたものではなく、あばれるので単に簀巻きにされている状態。
しかし目つきが和らいできた。声もカーカーフーフーばかりでなく甘えた声を出すようになってきた。

2003.0714 箱猫
さまざまな箱やいれものに入りたがるのは猫の習性である。箱猫の特集をどうぞ。



2003.0713 子猫
わなをしかけて母猫と子猫を捕まえた。母猫は野良ちゃんを格安で手術してくださる落合のほうの先生にお願いして手術した。捕獲器の中で一旦は大暴れしていたが、途中から観念したかのように静かになった。よく成長して大きな病気もない子猫たちをみると、この母猫が賢く懸命な子育てをしてきたことがわかる。えさはうらのマンションの人たちや、犬を飼っている知り合いなどがあげていたので、母猫の栄養が確保されたことが良かったのだろう。子供のうち里親募集をすることができたのはまだ、きじトラ系の♂の子猫のみである。この子は仮の名前を「ビスコ」とした。いつもは保護した子猫に名前をつけないのだが、全く人なれしていない子猫をならすために仮の名前が必要だった。
ビスコは西新宿の若いカップルにもらっていただくことができた。若いカップルゆえに心配もあったが、面接してみてそんな危惧はふっとんだ。人間として信頼できる人たちだったし、家が近いのがうれしい。子供をとりあげられた母猫はわなにかかった子猫のそばから離れようとしなかったが、「必ず幸せにするからかんにんしてね」と手を合わせて連れてきた。幸せになって欲しい。
もういっぴき捕獲したミケちゃんは凶暴につき特訓中。良い子にしないと名前を「たこ社長」にすると脅しをかけてみたりなだめてみたり。そうとうしぶとい。本当は「うてなちゃん」と呼んであげたい。


幸せになったビスコ              怒りのたこ社長